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2022

刹那

OB・OG・保護者の皆様並びに大学関係者の皆様、平素より大阪公立大学男子ラクロス部へのご支援・ご声援ありがとうございます。

これからも何卒宜しくお願い申し上げます。

 

 

 

かいちさんから紹介を受けました、たかずみです。

今月20日に20歳の誕生日を迎えます。

毒を吐くようになったという自覚はありませんが、どうやらそのことを肯定的に捉えてくれている人がいるらしいので、これからも自然体でいようと思います。

 

 

 

さて、書きたいことは山ほどあるのですが、あまり長々と書いても由々しき事態になりかねないので、テーマを一つにしてブログを書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさんがラクロスをする理由はなんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回のかいちさんのお話。

 

 

 

部員全員が一度は考えたことのある問であると思います。

僕も例外でなく、むしろ同期が大量に退部した経緯があるので、この問についてはその度に何度も考えさせられました。

つい最近まで、この問に対して明確な答えを持てずにいましたが、最近ぼんやりとではありますが、自分の中でこうではないかなと考える答えがあります。

 

 

 

その僕の答えとは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那をつかむため

 

 

 

 

 

 

 

 

とでも表現しておきます。

 

 

 

刹那(せつな)とは仏語で、時間の最小単位を指します。1回指を弾く間に60あるいは65の刹那があるとされています。

そしてその『刹那』を、チームが目標とする「一部昇格」の瞬間と、不肖ながら比喩しました。

 

 

ではなぜ「一部昇格」の瞬間を『刹那』と比喩できるのか。

 

 

 

それは、それ自体の大学生活のうちに占める時間の短さにあると考えます。

 

 

 

その刹那をつかむことが出来たと実感したのが、20シーズンの近大戦。

 

 

一部昇格へ向けて後がない状況で、勝利を修めることが出来た。

1つのセット、1つのプレーに対し、まるでメンバー全員、観客までもが本気になって、1つの方向へ向かっていたかのような気がした。そして試合終了というホイッスルが鳴った瞬間、一体となって喜びを共有できていたかのような心地がした。

この一体感は、これまで個人競技しか経験してこなかった僕にとっては、未知の領域でした。

まるで喜びと感動の渦の間で白い泡となって浮かんでいるように

とか例えてみたり(^_-)-☆

 

 

自分自身近大戦でも控えで試合に出ている時間は少なかったですが、とにかく、この近大戦を経験して、初めて僕がラクロスをしてきた理由がわかったような気がしました。

 

 

この近大戦に勝利した瞬間は、大学生活という時間単位でみると、ほんのわずかな時間に過ぎません。

しかし、その『刹那』をつかむために、大学生活の多くの時間を捧げたことは、僕は無駄なものであるとは決して思わなかったです。

 

 

そんな経験もあって、たまに想像することがあります。

近大戦よりも規模が大きい、一部との入れ替え戦という舞台で、多くの観客、部員と、試合終了後のホイッスルが鳴った瞬間の喜び・感動という名の刹那をその場にいる全員で共有することが出来たなら

 

 

 

僕が想像していることは、口で言うほど簡単ではないことは重々承知しています。

近大戦に勝利したときよりもはるかに高いレベルでの努力が求められるでしょう。

自分が勝利に貢献しようとすればするほど。

しかも、努力したとして、努力が報われるとは限らないです(努力結果論争はおいといて)。一部昇格へ向けて行動したとして、その行動(≒努力)が必ずしも報われるとは限りませんが、その『刹那』をつかむために必死で行動する、その『刹那』に賭けてみる価値は大いにあると考えます。

 

 

そして何より、僕が想像していることは、うまくいかないことばっかりで匙を投げてしまいそうになる自分のラクロス人生の原動力となっています。

 

 

以上に述べた、自分がラクロスをする理由に絡めて、今シーズンの意気込みを記してブログを終えたいと思います。

今シーズンは、昨シーズン経験した『刹那』よりも大きな『刹那』を自分の手で掴むために、プレイヤーとして、そして幹部として行動で示していけたらなと考えています。

 

 


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